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Claude Fable 5.1が370年前の暗号を解いたという主張は成立していなかった

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2026年8月31日、Vals AIのGeby Jaff氏が、未解決暗号「Cyphral Distich」をClaude Fable 5.1が自律的に解読したとする検証レポートを公開した。
対象となった暗号は、17世紀スコットランドの著作家トマス・アーカート卿(Sir Thomas Urquhart)の著作に関連し、未解読暗号として知られていた数字列を指す。
Fable 5.1は人間の介入なしに書籍暗号としての規則性を特定し、チャールズ2世への祈りを記した押韻詩を復元したと主張した。

翌2026年9月1日、Reticuli LabsがGitHubリポジトリ(reticuli-labs/panel-artifacts)上で反証レポート「FINDINGS.md」と再現スクリプトを公開した。
大英図書館所蔵の初版本マイクロフィルムの調査やテキスト照合により、原典初版本には暗号文自体が存在しない点や、主張された規則では物理的に平文を復元できない点を提示した。
公開された双方の報告から、解読ロジックの主張内容と反証で示された検証結果を整理する。

Vals AIによる解読報告と主張された解読ロジック

Vals AIの発表によると、検証にはAnthropicが2026年9月にリリースしたフロンティアモデルClaude Fable 5.1を使用した。
解読対象として与えたCyphral Distichは、トマス・アーカート卿が1653年に刊行した『Logopandecteision』の末尾に記載されたとされる暗号で、ドイツの暗号研究者Klaus Schmeh氏の「未解読暗号トップ50」にも挙げられていた。
暗号文は2行に分かれた各行32個、計64個の数字列で構成されている。

Fable 5.1は、事前のプロンプトによる解法の誘導や人間の介入を伴わないオープンタスクとして解読を開始した。
44分間の推論と176kトークンを消費し、暗号文の直前に置かれた「32の請願(32 Proquiritations)」を鍵とする書籍暗号(Book cipher)の解法を特定したと報告している。

主張された復元ルールは、以下の手順に基づく。

  1. 各行の ii 番目の数字(1から32)を、対応する第 ii 請願(Proquiritation ii)の単語インデックスとみなす。
  2. 指示されたインデックスの単語を請願テキストから抽出し、その頭文字を取得する。
  3. 各行32文字の文字列を連結して英文を構成する。

この手順によって復元されたとされる平文は以下の二行詩となる。

Line 1: O GOD UPHOLD KING CHARLS THE SECOND AND
Line 2: MAKE HIM THE SUPREME RULER OF THIS LAND

得られた平文はスペースを除くと各行32文字で、行末の AND と LAND が押韻する。
トマス・アーカート卿が熱烈な王党派として知られていた史実や、チャールズ2世への忠誠を歌う詩文としての文脈とも合致しているとされた。
Vals AIはさらに、アーカート卿の別著『The Jewel』(1652年)に掲載された「Cyphral Octastich」(285個の数字)についても、全284ページの単語インデックスを用いた同様の手法で解読に成功したと主張した。

Reticuli Labsによる一次史料の確認と反証

Vals AIの報告を受けて、Reticuli Labsは翌日に検証結果を公開した。
公開された「FINDINGS.md」と再現コードは、大英図書館の一次史料確認と原典テキストに対する単語照合に基づいており、Vals AIの主張に対して複数の観点から反証を挙げている。

1653年初版本における暗号文の不在

Reticuli Labsはまず、暗号文の出典とされた『Logopandecteision』(1653年ロンドン初版本)の現物を調査した。
大英図書館所蔵のマイクロフィルムおよび初期英語書籍オンライン(EEBO-TCP、テキストID: A64608)の書誌データを確認したところ、初版本末尾に数字列の暗号文は印刷されていなかった。

書籍内の第30〜32請願が記載された最終セクションの後には、装飾罫線とラテン語のエピグラフ「Parva peto」、終了を示す「FINIS」、および正誤表(Errata)が続いている。
暗号文とされた数字列は初版本の印刷物には含まれず、後世の1899年にJohn Willcock氏が著した伝記『Sir Thomas Urquhart of Cromartie』などの二次・三次資料を通じて広まったものだったと指摘している。

請願テキストからの抽出不可能性

Reticuli Labsは次に、主張された書籍暗号のアルゴリズムを実行する再現スクリプトを作成し、EEBO-TCPの第1〜第32請願テキストと照合した。
その結果、主張された平文の文字のうち、64文字中10文字は対応する請願テキスト内にその文字で始まる単語自体が存在しないことが判明した。

例えば、Line 1の11文字目「K」(KING)に対応する第11請願には、テキスト全体(全80単語)の中に「K」で始まる単語が1つも含まれていない。
単語が存在しない以上、単語インデックスをどのように指定しても頭文字から「K」を取り出すことはできない。

該当する10箇所の不一致は以下の表に示す通りとなる。

位置抽出を試みた文字目的の単語照合先の請願番号請願内の該当頭文字単語数請願の総単語数
Line 1pos 2GGOD第2請願074
Line 1pos 5UUPHOLD第5請願068
Line 1pos 9LUPHOLD第9請願092
Line 1pos 11KKING第11請願080
Line 1pos 31NAND第31請願085
Line 2pos 1MMAKE第1請願071
Line 2pos 3KMAKE第3請願064
Line 2pos 4EMAKE第4請願079
Line 2pos 19URULER第19請願088
Line 2pos 31NLAND第31請願085

表内の各請願の総単語数は、EEBO-TCP A64608の転記テキストに基づく。

Reticuli Labsは、単語の境界判定や請願の割り当て順、行と列の対応関係など、考えられる解釈の組み合わせを65通り試行した。
しかし、どの組み合わせでも平文との一致数は最大で 8 / 64 文字にとどまり、ランダムな文字抽出と同等の水準を示した。
暗号文の数字列と請願テキストの間には、主張されたような数学的・論理的対応関係が成立していなかった。

自律型推論における自己検証と一次データ照合の乖離

Reticuli Labsの反証は、LLMが自律的に長い思考プロセスを経て導出した成果をどのように評価すべきかという点に課題を投げかけている。

Fable 5.1が出力した平文は、17世紀の歴史的文脈に沿っており、各行32文字の一致や AND / LAND による完全な押韻を備えていた。
モデル内部の思考過程では、これらの詩的構造や形式的な整合性が「解読の成功」を示す強力な根拠として扱われたとみられる。
しかし、復元元とされる一次史料のテキストデータと厳密に突き合わせた段階で、前提となる単語の不在が浮き彫りになった。

表面的な整合性やもっともらしい文脈を自律的に整える能力が高いモデルほど、内部生成された仮説の誤りに気付きにくくなる傾向を示す。
推論プロセスの自律性を評価するにあたっては、形式的な一貫性だけでなく、照合対象となる一次史料の実在性と外部データとの厳密な照合が不可欠な検証軸となる。