経路積分の2つの仮説が光子で検証されたので高校物理で説明してみた
目次
華南師範大学のYong-Li Wenらは2026年8月、論文 Direct experimental test of Feynman’s path integral postulates with single photons をScience Advancesに載せた。
光子を1個ずつ検出する測定から、光子が通りうる141万9857通りの経路それぞれの確率振幅を復元し、1948年にファインマンが置いた2つの仮説と突き合わせた研究で、レバテックLABが9月2日に紹介していた。本文は米国の論文公開サイトPubMed Centralで読める。
確率振幅は向きと長さを持つ矢印のような量で、矢印を全部足したあと長さを2乗すると確率になる。
自分は経路積分を扱ったことがないし、素粒子物理も取っていない。
それで、高校の物理と数学の範囲でどこまで落とせるか、論文本文とレバテックの記事、同じチームの2023年の先行論文を頼りに組み立て直してみた。
高校物理の光の進み方
高校物理では、光は空気中を直進して、鏡では入射角と反射角が等しくなるように跳ね、水に入るときは屈折すると習う。
この3つは1つの言い方にまとめられて、光は出発点から到着点までを一番短い時間で結ぶ道を通る、というのがフェルマーの原理だ。
反射で入射角と反射角が等しくなるのは、鏡で跳ねる道のうちそれが最短だからだ。
屈折で道が折れるのは、水中では光が遅いので、空気中を長めに通ってから水に入る方が、まっすぐ進むより早く着くからだ。
海岸で溺れている人を助けに行くとき、砂浜を斜めに走ってから海に入る方が早い、というたとえがよく使われる。
厳密に言うと「一番短い」ではなく、横軸に道のずらし方、縦軸にかかる時間を取ったグラフで傾きが0になる道だ。
最小値のところでグラフが平らになるのと同じで、鏡と水面の単純な配置ではそれが最短時間の道になる。
粒子の場合は作用という量を比べる
ボールや電子のような粒子にも、道ごとに1つの数を計算して、傾きが0になる道を選ぶという同じ形の言い方がある。
その数は運動エネルギーと位置エネルギーから作る。
高校物理のエネルギー保存則では、投げ上げたボールの運動エネルギー と位置エネルギー は行き来していて、合計 はずっと一定だ。
上に行くほど が増えて が減り、てっぺんでは がほぼ0になる。
作用は、この2つの差 を出発から到着までの時間で足し上げた量として定義する。
は質量、 はその瞬間の速さ、 はその瞬間の位置エネルギー、 と は出発と到着の時刻で、積分は各瞬間の に短い時間を掛けたものを全部足すという意味だ。
なぜ和ではなく差なのかの導出は大学の力学の範囲なので、ここでは道ごとに付ける点数として使う。
が大きいのは速く動いていて低いところにいる瞬間で、小さいのは高いところでゆっくりしている瞬間になる。
出発と到着の点と時刻を固定して間の道を少し変えると、速さが変わるので が、高さが変わるので が、それぞれ別の値になる。
古典力学で実際に観測される道は、横軸に道のずらし方、縦軸に を取ったグラフで傾きが0になる道になる。
最小作用の原理という名前で呼ばれているが、光の場合と同じで、一般には最小とは限らない。
放物運動がこの原理から出てくることの計算には大学の変分法を使うので省くが、運動方程式から出る軌道と同じになることが知られている。
二重スリットと矢印の足し算
高校物理の波の単元に、二重スリットの干渉がある。
2つの細いすき間を通った光がスクリーンで重なり、道のりの差が波長の整数倍になる場所は明るく、半波長ずれる場所は暗くなる。
光の強さは波の振幅の2乗に比例する。
電子を1個ずつ飛ばしても、同じ縞ができる。
電子は1個の粒としてスクリーンの1点に着くのに、たくさん飛ばすと縞になる。
電子そのものが半分ずつ両方を通るのではなく、すき間ごとに割り当てた確率の矢印2本を足したものが当たる場所の確率を決めている。
どちらを通ったかを記録する装置を置くと、電子と装置が相互作用して同じ干渉の条件ではなくなる。量子力学ではこれを実験で確かめられた規則として使う。
矢印というのは、波の山と谷のずれを角度に置き換えたものだ。
道のりの差が波長の整数倍なら2本の矢印は同じ向き、半波長ずれていれば逆向きになる。
同じ向きなら足して長くなり、逆向きなら打ち消して短くなる。
光の強さが振幅の2乗だったのと同じ形で、足した矢印の長さの2乗をその場所に電子が来る確率とする。
ファインマンはこれを、すき間が2つの場合から、道が無数にある場合へ広げた。
手順はこんな感じ。
- 出発点から到着点まで、考えられる道を全部列挙する。まっすぐな道も、遠回りの道も、ジグザグも全部だ。
- 道ごとに、同じ長さの矢印を1本用意する。矢印の向きは道によって違い、決め方は次の節の仮説IIで出てくる。
- 全部の矢印を、しっぽと先をつないで足す。
- 足した結果の矢印の長さを2乗したものが、その到着点に粒子が来る確率になる。全部の到着点の確率を合計すると100%になるように、最後に全体の大きさを調整する。
これを無数の矢印でやるのが経路積分になる。
仮説Iと仮説IIを式にする
ファインマンが1948年の論文で置いた仮説は2つある。
表の「寄与」は、道1本に割り当てる矢印1本のこと。
| 仮説 | 内容 | 矢印で言うと |
|---|---|---|
| I | 確率振幅は、考えられるすべての経路の寄与の和 | 道ごとの矢印を全部つないで足す |
| II | 寄与の大きさはどの経路も等しく、位相は作用 を で割った値 | 矢印の長さは全部同じで、向きが ラジアン |
はプランク定数を で割ったもので、およそ J·sで、J·sはエネルギーと時間を掛けた単位。
作用 も同じ単位なので、割ると単位のない数が残る。
仮説IIは、その数をラジアンで測った矢印の角度として使う。
作用の差が なら矢印はちょうど1周ずれる。
矢印を数式で表すには複素数平面を使う。
角度 の長さ1の矢印は で、これを と略して書く。ここでは短い名前として使う。
仮説IとIIをまとめると、出発点 から到着点 へ行く全経路の矢印を足した最終的な確率振幅 は次の形になる。
はその経路に沿って計算した作用、 が角度 の矢印、 が全部の矢印を足す操作、 が最後に全体の大きさを調整する係数で、手順の1から4に対応している。
道は無限本あるので、実際にはごく細かく並べた道の極限として足す。この特殊な和を経路積分と呼ぶ。
は伝播関数と呼ばれていて、出発点 にいた粒子が到着点 に現れる確率振幅を与える。論文の実験ではこの を測った。
矢印の足し算と古典的な道
矢印の向きが だとすると、古典力学の作用の原理は仮説から導かれる。
隣の道というのを、途中の一点だけを少し横へ動かした形のよく似た道とする。
傾きが0の道の近くでは、隣の道の がほとんど等しいので、この道の周りの矢印は向きがそろっていて、足すと長くなる。
そこから離れた道では、少しずらすだけで が大きく変わる。
傾きが0の道から離れたところでは、まとめて足す一定の幅の道の中で作用が よりずっと大きく変わるので、矢印が何周も回る。日常の物体では作用の大きさが に比べて桁違いなので、この条件が成り立ちやすい。
隣り合う道の矢印が四方八方を向いて、集団としてほぼ打ち消し合う。
傾きが0の道の周りの合計だけが相対的に大きく残り、これが古典力学で言う1本の道になる。
そういう道が複数ある問題では、複数の道の周りが残る。
二重スリットも同じ手順で説明できる。
スクリーン上の1点を決めて、左のすき間を通ってそこへ至る細かな道の矢印をまず足して1本にし、右のすき間を通る道も同じように1本にまとめる。
できた2本を足して、長さの2乗がその点の明るさになる。
点の位置によって2本の角度差が変わるので、そろう場所と逆向きになる場所が縞として出てくる。
約80年間なにが未検証だったのか
経路積分は、量子力学をはじめ多くの物理計算で使われている。
それでも論文の要旨は、1948年の2つの仮説はどちらも直接には試されていなかった、と書いている。
計算結果が合うことと、途中にある、すべての道の矢印の長さが等しく向きが で決まるという仮説そのものを測ることは別だからだ。
足した結果が合っていても、足す前の矢印1本1本を確かめたことにはならない。
レバテックの記事はこの状態を、単なる計算上のテクニックなのか、物理的な現実として起きていることなのか、証拠がないまま使われてきた、とまとめている。
光子から141万9857経路を復元した実験
論文は、装置で直接測る量、そこから計算で復元する量、復元した量と2つの仮説の比較、の順に進む。
経路を数えられる形にする
光子は波長795 nmで、光軸に沿ってまっすぐ進む。
横方向の位置 だけに注目すると、進んだ距離を時間の代わりにして、自由に飛ぶ粒子と同じ量子力学の式で動きが書ける。
論文はこの横方向の位置を、 μmから μmまでの17か所に区切った。
時間の方は5区間で、1区間は光が15 mm進む時間になる。
出発点を中央の位置と時刻0に固定して、5つの区間の終わりごとに17か所のどれかを通る組み合わせを1本の道と数えると、17の5乗で141万9857本になる。
到着点まで1か所に固定すると、17の4乗の83,521本。
1本の道は5回の移動をつないだものなので、道の矢印は、区間ごとに隣の時刻へ移る矢印、つまり伝播関数を5つ掛け合わせたものになる。複素数の矢印を掛けると、長さは掛け算、角度は足し算になる。
出発の位置と時刻の組み合わせは17×5の85通りで、1回の測定でカメラが17か所の到着位置を同時に記録するので、85通りの設定で全部の伝播関数がそろい、141万本の矢印を計算で復元した。
装置で直接測る量
カメラは光子の個数という実数しか数えられず、複素数の矢印の向きはそのまま出てこない。
そこで光の振動方向、つまり偏光をメーターの針にする。
光子の偏光を2つの成分に分け、片方の成分だけを幅15 μmのすき間に通して出発位置を決め、もう片方はそのまま通す。
自由空間を進ませたあと、到着位置ごとに偏光を4つの向き(斜め2つと円偏光2つ)で測って光子数を比べると、その差から矢印の横成分と縦成分、つまり実部と虚部が出る。
矢印の長さは、同じ場所で数えた光子数で決まる。
装置の主な部品は、偏光を分けて合流させる干渉計、一方向だけに光を絞るシリンドリカルレンズと15 μmのすき間、光の分布を次の段へ写すレンズ系2組、光子を1個ずつ数える高感度カメラ。
同じチームは2023年の先行論文でも偏光を使う同じ方法で伝播関数を測っていたが、伝播関数の忠実度(測定値と理論値の一致度)が87.6%で、論文はこれでは仮説の検証に足りないとしている。
今回は偏光との結び付きを強めて信号対雑音比を改善し、さらにレンズ系の精度と干渉計の光路長の安定性を上げ、振動対策も見直して98.5%まで上がった。
伝播関数の測定値と理論値の食い違いは、17か所の到着位置で求めた値を85通りの設定で平均して8.17±3.50%で、先行論文の24.3%から下がっている。
仮説Iの比較
到着位置ごとに、カメラで直接数えた到着分布、復元した矢印を全部足して2乗した分布、矢印を足さずに長さの2乗だけを足した古典的な和、の3つを比べる。
仮説Iが正しければ、直接数えた分布は2つ目と合い、3つ目とはずれる。
結果は、直接数えた分布と矢印を足した分布が一致し、古典的な和は大きくずれた。
矢印を足した分布と理論値の差は平均4.45%。
忠実度は、到着位置ごとに、そこへ至る83,521本の復元した矢印の並びと理論から計算した矢印の並びの重なりを取って17か所で平均したもので、導入部では94.9%、本文の該当箇所では94.4%と書かれていて、どちらが正しいかは分からない。
仮説IIの比較
141万9857本の矢印を、道の長さと作用で分類する。
作用はまっすぐ進む古典的な道を0として測る。角度は ごとに同じ向きに戻るので、作用も ごとに折り返して1周分を100区間に分け、区間ごとに矢印の長さの2乗の平均と角度の平均を取った。
長さの2乗の平均は道の長さにも作用にもよらず一定で、角度は に比例して増えた。仮説IIの言う、長さは同じで角度は作用で決まるという関係がそのまま出ている。
経路ごとの確率のばらつきは17.4%で、各経路の確率と全経路の平均との差の絶対値を両者の平均で割り、全経路で平均したもの。
伝播関数の測定誤差と同じ大きさのノイズを乗せて計算し直すと18.0%になり、実測と同程度なので、研究チームはこのばらつきを測定誤差で説明できるとしている。
全経路の矢印を並べたものと理論から計算した矢印を並べたものの忠実度は94.7%。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 復元した経路数 | 1,419,857(17⁵) |
| 伝播関数の忠実度(2023年の先行論文) | 87.6% |
| 伝播関数の忠実度(今回) | 98.5% |
| 伝播関数の測定値と理論値の食い違い(85通りの平均) | 8.17±3.50% |
| 仮説I 復元した矢印を足した分布と理論値の差 | 4.45% |
| 仮説I 忠実度 | 94.9%(本文では94.4%) |
| 仮説II 経路ごとの確率のばらつき | 17.4%(誤差シミュレーションでは18.0%) |
| 仮説II 忠実度 | 94.7% |
忠実度と誤差の読み方
忠実度は、矢印を並べたもの同士の重なりを0から100%で表した点数で、2つの並びが全体として同じ形と同じ向きに近いほど100%に近づく。
98.5%は伝播関数1個ずつの測定値と理論値の一致度、94.9%(本文では94.4%)は到着位置ごとにそこへ至る83,521本の復元矢印と理論矢印の一致度を17か所で平均したもの、94.7%は141万本の復元矢印と理論矢印の一致度で、比べている相手が違う。
差やばらつきの方は論文がMAPE(平均絶対百分率誤差)と呼ぶ指標で、測定値と比較相手の差の絶対値を両者の平均で割って全体で平均したもの。0%なら一致になる。標準のMAPEは測定値だけで割るので、分母が違う対称型になっている。
4.45%は復元した矢印を足した到着分布と理論値の差、17.4%は経路ごとの確率と全経路の平均との差になる。
17.4%は仮説IIの言う、長さは全部同じという状態からのずれにあたるが、測定誤差のシミュレーションと同じ大きさ。
論文は、この結果で2つの仮説が確認されたとしている。